合気道の稽古の中で無刀取りがある。
まだ形だけしかしたことはない。
実際に無刀取りをしなくてはならない状況を考えると、身がすくむ。
たぶん、何も出来ないのではないだろうか!?
今週初めに柳生宗矩の「武道秘伝書」を買ってきて読んでいる。
その中で「無刀取り」があった。
「無刀は、刀をわが身にあたらざる程にては、とる事ならぬ也。太刀のわが身にあたる座にて取也。きられてとるべし。」
無刀取りは「間合い」ということらしい。
うちの道場では、中伝からこの間合いの稽古に入る。
演武での無刀取りはかっこいいが、表面だけみてはわからない。
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また「風水の音をきく」とう秘伝が書いてある。
剣を構えて対峙するとき、表面は落ち着き払い、内心は気をめぐらし、動いている。
また、剣を交えれば、体は動き、内心は落ち着く。
こういう働きらしい。
風流な秘伝の名前だが、奥が深い。
「懸」と「待」、「動」と「静」は、内心と外面において互い違いとすべきとある。
これは剣術だけでなく、仕事でも同じだと思った